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第7話 凱旋

Author: スナオ
last update Last Updated: 2025-04-28 08:09:23

「まったく」

 盗られるものもないと普段から鍵のしていない隠れ家に入って行くマリアの自由気ままさにため息をつく。

 アルファはチースを監視しながら右手を握りこみ、そして開いた。するとその手のひらに、1羽の小鳥が生み出されていた。宮廷魔術師に習った簡単な魔術だった。魔力の少ない彼にとっては1羽生み出すだけでも普段ならかなり疲れるものなのだが、まだマリアの魔力が残っているらしく、身体に倦怠感はなかった。

「鳥よ、陛下の下へ」

 簡単な手紙をしたためて小鳥に託すと、アルファは近衛騎士団の到着を待つことにした。

◆◆◆

 その後の皇帝ローゼスの動きは早かった。

 すぐさまチースを大規模騒乱罪で逮捕させ、アルファにはマリアを連れて“堂々と”宮殿に戻るよう命令をくだした。

 アルファからすればマリアの存在は秘匿すべきとは思ったが、ローゼスになにか考えがあるのだろうと、近衛騎士団と共に宮殿への道を歩んだ。

 彼らの“凱旋”を、民たちは熱狂をもって迎えた。

 アルファと同じ馬に乗るマリアに至ってはすでに未来が視えているのか、民に手を振る始末だった。魔王の子孫という噂の流されていたマリアに対して好意的な民の姿に、アルファは首をひねりながら、宮殿への帰還を果たした。

 すぐに会いたいとのローゼスの意向を受け、アルファとマリアは人払いされた玉座の間に通される。

「陛下、騎士アルファ、ただいま帰還いたしました」

 片膝をつき、へりくだるアルファのとなりに立ったまま、マリアはただニコニコとしていた。

「おい……」

 小さな声で「不敬だぞ」と言おうとして、ローゼスが先に口を開いた。

「ご苦労、2人とも楽にしてよいぞ。事の顛末はチースからの尋問で知っておる。そこでアルファ、今回の一件を丸く収めるため、お前に新たな命令をくだす」

「なんなりと」

「マリアと結婚せよ」

「……は?」

 とうとう乱心しましたか、と嫌味をアルファが言うよりも早く、マリアが行動を起こした。今の状況に追いついていない彼に抱き着いたのだ。

「よろしくね、アルファ」

 ニコニコと笑うマリアと、それと同じ意味なのかはわからないがニヤニヤと笑うローゼスの姿に、アルファは頭を抱えたくなった。言われたことの意味すら、ある意味ちゃんとわかり切れていないこともあって、アルファは聞き返すしか選択肢がなかった。

「……陛下、なにを企んでいるのですか」

「企んでいるとは心外な。その娘を守るためだよ」

「……守る、とは?」

「その娘に一定の権威を与えるということだ。その娘は侯爵家の令嬢であり、箱舟教団に誘拐され、囚われていたということにした。そしてそれを救出したのが余の騎士であるアルファ、お前だ。そう帝国全土に流布した。その美談を民が信じたからこそ、貴様たちの凱旋は歓迎されていただろう?」

 あの妙な臣民の歓迎ムードはそれか、とアルファは思った。臣民の好きなドラマチックな筋書きを書き、信じ込ませる手腕こそが、ローゼスの武器の1つだった。そんなことを考えながら、アルファは抱き着いているマリアを無理矢理引きはがした。

「あとは余が救出の褒美としてアルファ、貴様にマリアをめとらせれば余と貴様、そして侯爵家の後ろ盾を持つことになる、簡単には狙われなくなるだろう」

「楽観的過ぎます。それに後ろ盾を作るだけなら養子でも……」

「貴様も余もこの歳の娘を養子にする年齢ではないし、他のものに未来予知の力を知られるわけにはいかぬ」

 アルファは今度こそ片手で自分の額を押さえた。どうしてこの人はこんなに自分の頭を痛くするのか。そう嘆きたかった。そんなアルファを見たローゼスは玉座から降り、アルファの肩を抱くと、耳元で話し始めた。

「それに貴様もいい歳だ。そろそろ結婚しろ、余や貴族たちからの縁談をことごとく断りおって」

「それを言うなら陛下、あなたこそ結婚するべきでは?」

「……余か? 余はいいんだ。まだ遊んでたい」

 まったく、この人は……そう言いたげに、アルファは露骨にため息を吐いた。

「な、頼むよ、余の騎士。余と貴様がよく一緒にいるから、余に男色の疑いが出て困っているのだ」

 それが本当の狙いか、と忠義を忘れて白い目を向けるアルファに対してローゼスはいたずらっ子のように笑った。この人は、幼少のころに出会ったときから変わらないな、アルファは不意に懐かしくなった。

(この笑みを浮かべて、氏素性のわからない僕を自分の騎士にしたんだっけ)

 存在を疎まれた孤独な皇太子と天涯孤独で記憶もない少年。2人の出会いは、天使の言ったとおり運命だったのかもしれない。そんなことを考えている間に、ローゼスはアルファの近くを離れ、マリアに声をかけていた。

「マリア、お主はアルファと結婚するということで良いな」

「はい、望外の喜びです。陛下」

 うやうやしくマリアは頭を下げる。どうやら反対しているのは自分だけのようだ、アルファは諦めの境地にたどり着きつつあった。

「そうかそうか、中央教会に話はつけておいた。お前たちの結婚式は近日中に行う。これは決定事項であり、すでに帝国中に布告済みである。アルファ、貴様は今日より、ジブリールという姓を名乗るが良い。爵位も男爵から子爵とする。励めよ…………子作りに」

 さすがのアルファも皇帝ローゼスを軽く睨んだ。たしかに帝国では女性は10歳から結婚できる、できるのだが、子どもを設けるには負担の大きすぎる年ごろである。ゆえにローゼスの言葉は下世話な冗談なのだろうが……、同時にアルファの一族を増やし、自分の戦力を増やそうという皇帝としての思惑も透けて見えていた。

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    「この小娘を陛下の御前に出せるようなんとかしてくれ」「はい、閣下!」 アルファ付きのメイドであるアリスは、クリーム色の三つ編みを揺らしながら、銀髪の少女を宮殿にあるアルファの私室に備え付けられているシャワー室へとつれていった。「はあ……」 騎士としての礼装に着替えたアルファはため息をついた。 そして昨夜のことを思い出していく。すると少しの頭痛を覚えた。◆◆◆『な、なにをする!』 突然キスをしてきた少女を突き放す。変な力が入ったのだろう、認識疎外のためのキセルがポケットから落ちた。『ああ、ようやく顔を見せてくれたね。“視ていた”とおりの顔だ。ぼくはすきだぞ。君の顔』『何を言って……ちっ』 キセルを慌てて拾い上げたが間に合わなかったらしい。誰かが牢屋に近づく足音が聞こえた。ふわりと少女は抱き着いてきた。『おい……!』『さあ、連れて行ってくれ。見たいんだ。再び外の世界を……』 アルファは舌打ちをすると、少女を抱えて教団から脱出してしまった。そう、してしまったのだ。してしまったからには最良の手を打とうと、いざというときの隠れ家に向かおうとしたのだが……。『そっちじゃない。宮殿にむかえ。ぼくは皇帝と会うことになる』『……陛下だ』 少女のローゼスに対する呼び方に不敬だと感じながらも、確かにあのローゼスの性格からして、自分と予言者が一夜にして消えたらおもしろがって隠れ家まで来てしまいそうだとアルファは思った。 ならば少女の言うとおり、早めに会わせてしまおう。アルファはそう決めた。宮殿なら守りは厚いし、見たところ少女には未来を視る以外の力は無さそうだ。自分が殺される未来を変えるだけの力がなければ未来予知に意味はない、もしものときは自分が切る。そう決意した上での判断だった。 とはいえボロ雑巾同然のままローゼスの前に引き出すのは気が引ける。仕方なくこっそり宮殿に用意されているアルファ用の部屋に連れ帰り、自分付の唯一のメイドにあとを任せた次第だった。 ため息が出そうになるのをこらえると、朝の陽ざし差し込む庭を窓から眺める。ローゼスの名前から各地から献上されることになった色とりどりのバラが庭を埋め尽くしていた。◆◆◆「閣下」 その呼び方に、アリスかと思い振り返ったそこには、見違えた姿のあの少女がいた。「このような、わたくしにはもったいないド

  • 黒の騎士と未来を視る少女   第1話 出逢い

     第57番世界、通称エデン――始まりの者が57番目に訪れた楽園という伝説からそう呼ばれている――。 そこには豊かな土地と鉱物資源、そして強大な兵力で他国に差をつける大帝国――ローズ帝国――があった。その帝国を支配する皇帝の名をローゼス、その右腕となる騎士の名をアルファという。 ローゼスは金髪碧眼の青年で、まだ皇太子と呼べるほどに若い、ギリギリ20歳に見えるような見た目だった。目鼻立ちのすっきりとした美男子で、長い手足を少し邪魔くさそうにしている。その服装は白を基調に金糸をあしらった豪華なつくりだった。 対してアルファは髪も目も黒曜石のように黒く、服は黒地に銀糸をあしらった騎士礼装で、彼も同じ年くらいの若々しさだった「のう、我が騎士よ」「なんでしょう、皇帝陛下」 玉座に腰かけ、ニヤニヤとだらしなく笑うローゼスに対して、その斜め後ろに立つアルファは堅苦しい態度で応える。それが気に入らなかったらしく、ローゼスは声を荒げる。「その態度はやめいと言っておるだろうが!」「あなた様は皇帝になられたのです。一臣下がへりくだることの何が気に入りませんか」「お前は余の側近中の側近。しかも今は2人きりだ。……それに余が皇帝の座につけたのはお前のおかげだろう」「……だからといって僕が偉いわけではありませんよ。陛下」 多くの国を支配する皇帝の位に立つローゼスにとって、着飾ることなく話せる相手は少ない。 その口から1つ言葉が発せられれば、それは帝国の意志として世界中を走り回る。 そのこともきちんと理解しているローゼスだからこそ、何も着飾らなくてもよい“ローゼス”という個人でいられる存在は非常に貴重だ。だからこそアルファにも着飾らないで欲しいのだが、そうはいかない。アルファから見たローゼスは個人であると同時に皇帝であり、その身分の差を弁えないといけないことはわかりきっているのだ。「……まあよい。それより、街でおもしろそうな話を聞いたのだ」「街って、またお忍びで出かけられたのですか⁉ お願いですからせめて僕を護衛にと……!」「ええい、うるさいうるさい! それよりも余の話を聞け!」 こうなったローゼスは自分の言葉を通すまで声を上げ続ける。着飾らなくていい相手だからこそ、そのようなことが許される。それを考えれば、今は自分が聞くしかない、とアルファは諦めた。「はあ、

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